フィンテック歴20年、ナッジ株式会社代表の沖田氏をゲストに迎えます。学生時代からフィンテックスタートアップ「サイバーキャッシュ」(現ベリトランス)の立ち上げを行い、マザーズ上場後、代表に。クレジットカード情報をネットに入力するのも怖いと言われた時代でのフィンテックスタートアップ立ち上げ。当時珍しい香港上場を行った経緯や、経営統合を繰り返した背景を振り返っていただきました。
後半は、そんな沖田氏が設立した「ナッジ」の挑戦について伺います。次世代型クレジットカード決済サービスを提供する同社は、すでに累計調達額が10億円以上。フィンテックという枠組みの中で、なぜクレジットカード事業からスタートしたのか。そして沖田氏が考えるフィンテックの未来とは。
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手嶋:今回は、フィンテックスタートアップであるナッジの社長で、起業家の沖田さんをお招きしています。実は私と沖田さんは一橋大学出身の同級生。ですが、知り合ったのはここ5~6年前ぐらいで、大学を卒業して十数年経ったあとに仲良くなったんです。
学生時代に飛び込んで、これまでイノベーション産業、そしてスタートアップ産業一筋でやってこられたのが沖田さん。過去の経歴も含めて聞いていきたいなと思っています。まず簡単に自己紹介と、今までの経歴をさらっとお願いします。
沖田:沖田です。今回はこういった機会をいただきありがとうございます。手嶋さんとは仕事よりもプライベートの方が付き合いが長かったりするので、怖い質問をされないかなとヒヤヒヤしてるんですけれども(笑)。
まず簡単に自己紹介させていただくと、大学在学中にベリトランス、当時はサイバーキャッシュというアメリカの会社とソフトバンクのジョイントベンチャーだった会社の立ち上げに関わりました。
「フィンテック」という言葉がない頃から、20年以上この世界にいます。最初の10年は、どちらかというとeコマースのインフラを作る立場で、日本国内の決済インフラを担当していたんですけど、その後はアジア市場にシフトをして、直近はブロックチェーンで金融機関を作っていました。
2021年の2月からナッジという会社を立ち上げまして。チャレンジャーバンクと言っています。第1弾のサービスとして、提携カードを1枚から実現できる「ナッジ」というサービスを9月からスタートしています。よろしくお願いします。
手嶋:僕からすると、沖田さんはもう日本のフィンテック産業の生き字引。フィンテックをさまざまな角度からやってきて、いよいよ自分で起業されました。沖田さんの見ている世界を垣間見せてもらって、フィンテック産業に対する見方も皆さんに伝わるといいかなと思っています。
まず大学生の時に、現・DGフィナンシャルテクノロジー社が手がけるベリトランスという決済サービスの日本の立ち上げに関わっていますよね。1998年ぐらいですかね、大学4年生のときに関わり始めて。
ネットプレイス創業者で、現在はビーネクストというVCを設立した佐藤輝英さんと一緒にやっていたと認識しています。当時の一橋大学生って、僕も含めて国立でみんなほわ~んと過ごしていた人が多い中で、なぜ突然そういうスタートアップの世界に飛び込んだのか。そのきっかけを教えてもらえますか。
沖田:きっかけは偶然で。たとえばHENNGEの小椋さんとかは、当時から「学生起業家」って感じでやってらっしゃいましたけど。起業家というのは自分からはすごく遠い存在でしたし、全然そんな気はなかったというのが本音です。
手嶋さんと同級生なので、1995年に大学に入学して、Windows95がまさに出るときが1年生の終わりぐらいですよね。僕は石川県の出身なので、東京に出てきて最初の頃は非常に大学生らしい暮らしを楽しみましたと。
手嶋:楽しかったですよね。
沖田:全然勉強せずに遊んでました。そこにインターネットが登場して、とりあえず触ってみたのが1年生の終わりぐらいですかね。最初はそんなに強いインパクトはなかったんですよ。
当時の大学生って、携帯電話も持っているか持っていないかくらいの時代。今はもう懐かしいですけど、僕はPHSを持っていて、そういったテクノロジーみたいなものは割と好きなんですけど、別に理系でもないし、インターネットに最初に触れたときもピンときたわけじゃなかった。ただ、なんとなく「これって世の中を変えていくんじゃないかな」と、ぼんやり感じたのが最初ですかね。
手嶋:それはいち消費者、いち大学生としてですよね。そこから、なぜベリトランスの立ち上げに関わることになったのか。
沖田:当時は一応、経営情報システムのゼミを取っていたんですよ。
手嶋:ちなみに、現在マッキンゼーの日本支社長である岩谷さんも、そのゼミに同級生でいたんですよね。伝説のゼミですよね。
沖田:そうです。ゼミには2~3年ぐらいしかいなかったんですが、濃いキャラの人たちが上にも下にもいましたね。そこでインターネットを研究テーマにしていました。インターネットにもいろいろあると思いますが、商学部にいたので何かしらビジネスをやりましょうと。国立音大が近かったんですが、楽譜を海外から輸入するのが大変だという背景から、それをインターネットで売ったらニーズがあるんじゃないかと話をしていたんですよ。
当時はヤマトもあればゆうパックもあるし、物流インフラは今とそこまで変わらない。でも、キャッシュが主流なので、現金をパソコン通じて渡せませんよねっていう、めちゃめちゃプリミティブな問題に直面して。当時はeコマース=決済みたいな感じだったんですよ、アカデミック的なアプローチだと。そこで、決済手段としての電子マネーが当時の流行だったので、電子マネーを研究テーマにしたんです。さっき出た岩谷とかと皆でイギリスに行って、現地へ路上でヒアリングして調査したりとか。
手嶋:そんなことまでやってたんですね。
沖田:手嶋さんもご存知のように、僕もグローバルでやってきたし彼も今でこそマッキンゼーのトップですけど、2人とも当時は英語が全然できなかった。なのによくそんなことやってたなと思うんですけど。そのときに、世界最大のネット決済のサイバーキャッシュが日本にいよいよ来ますというのでインタビューしに行ったら、さっき名前を出していただいた佐藤輝英さんが終わったあとに来て「沖田くん、暇なら手伝ってよ」と話があって。当時もう4年生で、就職活動も終わってたので暇ですと。